霊の力は、あなた方が〝神〟と呼んでいるもの、そのものなのです。・・・・その霊力が土塊から身体をこしらえて、それに生命を吹き込んだのです。魂がまとう衣服です。地上のあらゆる生命を創造し、自然界のあらゆる動き、あらゆる変化を支配し、四季を調節し、一粒の種子、一本の植物、一輪の花、一本の樹木の成長にまで関与している力、要するに千変万化の進化の機構に全責任を負っているのが、霊力なのです。・・・しかし、いかに強大であっても、あるいは、いかにその活動が驚異的であるといっても、それにも制約があります。すなわち、それが顕現するには、それに適した器、道具、霊体、通路、霊媒・・・そうしたものが無ければならないということです。
『シルバーバーチ スピリチュアル・メッセージ p200』
乱暴なほど大雑把にいえば、
「霊力」とは神の愛から発せられる、無限で変幻自在の生命力エネルギー
「霊能力」とは、霊能者が霊の存在を証明するためのデモンストレーション能力
「霊力」と「霊能力」は、漢字の羅列が似ていて紛らわしいけど違うの。
全ての人がその人の受容能力に応じて「霊力」の恩恵を受けており、また全ての人がその「霊力」の通路となって他者に働きかけることができます。他にも「霊力」はあらゆる形態で全てを支配し、この地上へ流入しています。「霊能力」はその霊力の一例にしか過ぎません。
以上、予備知識として前置きさせていただきました。
さて、メールの質問についてのお答えをいたしますね。
>死後存続の事実を実証するのだけが「霊的」ならば、霊能を一切持ち合わせていない人たちは「霊的」な生き方ができないと言うのでしょうか?
全ての人は「霊」であり「霊力の通路」です。
霊能(力)を一切持ち合わせていない人たちも霊であり、霊力の通路ですから、「霊的」な生き方かどうかは「霊能力」が有るか無いかではなく、より「霊力」の流れる通路であるかどうかで決まると思います。
これで答えになってる・・・・?
(ことばで説明するのってほんっと難いなぁ)